昼下がりのアイス珈琲

SAERI NATSUO

「わたしの夫」

「どっちでもいいんじゃない?」
食事を終え、身体がようやく眠りから冷めた日曜の昼下がり。珈琲を淹れようとしている夫に今日着るべき服について尋ねるとそう答えがあった。それも横目でちらと見ただけで。窓ガラス越しのやわらかな光を一身に浴びている夫が、急に知らない人に見えてくる。今日はデートだというのに、隣を歩く人が何を身にまとうか気にしないなんて、どうかしている。

その夫はというと、身体の一部のようによく馴染んでいる白いシャツとチノパンを着て、機械的に、右、左と振り子のように動いて、手際よく湯を沸かしている。珈琲を愛し、かれこれ10年以上、食後の珈琲はスターバックスと決めているらしい。デートでも、デートでなくても、夫の日常は変わることがない。そのことが、そこはかとなくわたしを孤独にさせる。もう少し真剣に聞いてくれてもいいのに。いやもっと言えば、もう少し真剣に、生きればいいのに。そう言うわたしのことを、夫は「大げさだ」と思っているようだけれど。

腕をゆるやかに持ち上げ、夫はゆっくりと円を描きはじめる。湯を注ぐ夫の動きには、珈琲への愛おしさが現れていて、わたしは軽く嫉妬を覚える。ぱきぱきと軽快な氷の音がするから、今日はアイス珈琲なのだろう。
手元が見えなくてもわかる。ぐらぐらと煮えた湯は、珈琲の中に飛び込み、勢いを失ってだらしなく氷へと落ちていく。身を投げ出して、冷たい氷に抱かれにいくように。そうして氷と出会って急速に穏やかな顔で、まどろみはじめるのだ。

不意に思う。それらは、わたしたちに似ている。
たしかに、夫を前にすると、熱を奪われていく節がある。黒目の小さな、切れ長の目がわたしを見つめると、何かが急速に冷えていく。でもちっとも不快ではない。夏の火照った身体で冷たいシーツに横たわったとき、身体から熱を奪われる、あのひどく幸福な気持ち。熱して、見失いかけた自分が、あるべき姿に戻っていくようなあの感覚。

そこまで考えて、夫とわたしはやはり夫婦になるべきだったのだと思うに至った。だってわたしひとりじゃ、いつまでもぐらぐらと熱しているし、夫ひとりじゃ、いつまでも冷ややかだから。二人がこうして一緒の場所で、一緒に暮らしていることには、誰が何を言おうと必然なのだ。絶対に。

「右がいいよ。世界で一番、右がいい」

夫が言っているのが、先ほどたずねた服装のことだと気づくのに、すこし時間がかかった。夫が差し出すグラスの中には赤茶色に透き通る美しい珈琲があり、その夫自身の髪もまた、太陽に愛されて赤茶色に光っている。

「あ、そう?」
「うん」

グラスをまわすと、カラカラと氷がぶつかる音がした。夏だ。夏がきた。みずみずしい、この音が好き。世界に夏がきたのだと言うことがわかる音。夏を祝福する音。

一口飲もうとして時計を見ると、時刻はすでに13時を回っていた。しまった、もう出かけなければ。久しぶりのデートを台無しにするわけにはいかない。慌てて伝えるが、「まずは珈琲を飲んでから」と、くすくす笑ってたしなめられた。わたしは、そわそわ落ち着かない気持ちで珈琲を飲む。

夫は、ゆったり目を伏せ、美しく透き通った液体を体に染み込ませていく。飲めば飲むほど、夫の髪は珈琲色に染まるように思えた。同じように、目をつむって一口飲んでみる。こうしていればいつか、夫のように珈琲色の髪になっていくだろうか。夫の愛する珈琲のように、なっていけるだろうか。そうしていつか、夫の日常に当たり前に馴染む習慣のひとつとなって、愛し続けてもらえるだろうか――。

朝まで曇っていた空も、いまではすかんと抜ける青へと移っている。うんと幸せなこの時間は、デートの序章なのかもしれない。そう考えれば、13時10分を指す時計の針と、手元のアイス珈琲、そうして目の前にいる夫。その全てが愛おしく必然で、それでいて奇跡的な幸福に感じられるのだった。

「ぼくの妻」

「どっちでもいいんじゃない?」
妻が緑のワンピースと青のワンピースの両方を掲げてやってきた時、「どちらも素敵だ」というつもりでそう答えると、「どっちでも? 今日はデートなのに」と不服な顔をされてしまった。ぼくはこういうとき、気持ちを伝えるのがいかに難しいかを知る。妻は口をつんと尖らせて、俯いている。きっと妻は、30年前も同じ顔をしていただろう。頰を赤く染めて、だるまのように険しい顔で。親に、世間に、自身の存在に気づいてもらえるまでじっと耐える。そういうときだけやたらと忍耐力がある、ぼくの妻。なのにやがて、何に怒っていたのか忘れてしまう、あっけらかんと単純な、ぼくの妻。

ぼくと妻は、だいぶ違う。妻は何においても大げさで、口癖といえば「世界で一番」「人生で最も」というものばかり。よく笑い、よく泣き、よく怒る。途方もない感情があの小さな身体のどこから湧くのだろうかと不思議に思うほどだ。

食後の珈琲を入れようと準備をしていると窓の外で知らない女の人が汗を拭うのが目に入り、氷を用意した。それに。ちらと妻を見て思う。きっと妻には、熱い珈琲を飲む時間はないだろう。

氷は、グラスの中でみずみずしく光っている。けれどそれらは未だどこか寂しげで、氷は氷だけで存在するものではないことを知る。

「最近変わったね。結婚して、丸くなった」

友人たちからそう言われるたび、妻のせいだ、と思う。妻の熱に当てられると、何かがゆるんでいく。ほんのわずかに気持ちがむき出しになって、直後にとろけて、やがて輪郭を失っていく。誰にも譲らないと頑なだったもの、誰にも見せないと固く守っていたもの。そういうものが、いつのまにか溶け出して妻の手に渡っている、そんな感覚。でもこの感覚が、嫌いではない。というよりもむしろ、心地よい。

熱したお湯を珈琲に注ぐと、氷がぱきぱきと喜びの声をあげた。熱い湯と出会えたことによる、歓喜の声。そんな風に聞こえるのも、「丸くなった」と言われる所以なのかもしれないが。

妻にグラスを渡すとき、脇に置かれた二枚のワンピースが目に入った。よく見れば、右の青色ワンピースは鮮やかに色を放つが、緑のほうはくすんでいる。

「右がいいよ。世界で一番、右がいい」
「あ、そう?」

妻の口癖を真似たことに、彼女は気づかなかった。そのことが少し可笑しくて、グラスを勢いよく持ち上げると、氷も珈琲の中でカラカラと笑った。この音が好きだ。学生の頃から、ずっと。この音は、夏の訪れを感じさせる。夏の中で響く氷の音は、どうしたって嬉しげだし、夏を祝福しているように思える。こんな感覚に陥るのは、ぼくだけだろうか。

「いやだ、もうこんな時間。これ以上デートの時間が短くなると、わたしの人生は絶望にまみれてしまう」。
妻がグラスをぐいっと呷ろうとして、やっぱり、今日の珈琲はアイスにして正解だったと思う。

ひとりで飲む珈琲よりも、ふたりで飲む珈琲のほうが美味しい気がするのは、なぜだろう。もしかしたら「妻がいるだけ」で、世界は美しくなるのかもしれない。そんな考えに行き着いて、たしかにぼくも変わったなと嬉しく思う。
では、今日の世界も、とびきり美しいだろう。だって隣に妻がいるから。

普段はどんな活動をしていますか。

フリーライターで、取材系の記事、エッセイ、コラム、ショートストーリー、脚本などの執筆をしています。10代、20代の女性向けの仕事が多いです。コンテンツスタジオ「CHOCOLATE.INC」では、プランナーとしてコンテンツの企画もしています。

いつもコーヒーをどのように楽しんでいますか。

これまでコーヒーにはあまり詳しくなく……。夫が淹れてくれるコーヒーを飲んでいます。夫は豆を買って、ミルして、ドリップして淹れているのですが、それを分けてもらってる感じです。夫と暮らし始めてようやくコーヒーの美味しさに気づけました。

夏のアイスコーヒーの楽しみ方を教えてください。

夏も夫にアイスコーヒーを分けてもらってる感じです(笑)

今回急冷式で淹れてみてどう思いましたか。

「アイスコーヒー ブレンド」を急冷式で淹れて飲んだんですが、「華やか」ということばがすごくぴったりくるなって思いました。ふわって香りが広がるけど味わいは口にちゃんと残って。アイスコーヒーはちょっと苦くて酸っぱいイメージがあったんですけど、後味はさわやかなのに味わいはしっかり残ることにすごくびっくりしました。淹れ方ひとつでこんなにもちがうんだなと思いました。

今回「熱々のコーヒーと冷たい氷の出会い」をテーマにアートを制作していただきました。アート鑑賞のポイントを教えてください。

熱いコーヒーを妻に、氷を夫に例えて正反対の性格をもつ夫婦の話にしようと思いました。一人よりも二人でいる方がもっと魅力的になる夫婦とかカップルっていらっしゃるじゃないですか。似た者同士ではなく、真逆の性格の二人が一緒にいるからこそより良い空気がうまれる。そういう方たちを見ると出会いってとてもすてきだなって感じるんですね。その感じと熱々のコーヒーと氷の出会いがぴったりマッチすると思って作品を書きました。真逆の二人がつくる豊かな世界を楽しんでいただけたらなと思います。

これからも急冷式でコーヒーを楽しんでいただけたらうれしいです。

今回急冷式を教えていただいて、自分で淹れられるって楽しいと思ったんですね。本当はアイスコーヒーを飲みたいなと思ったときも自分で淹れてこなかったので……。今日からは自分のためにはもちろん、夫にも淹れてあげたいです。

PROFILE

夏生 さえりSAERI NATSUO

フリーライター、CHOCOLATE.INCプランナー。主に女性向けコンテンツを多く手がける。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は2アカウントで合計19万人を突破。著書に『今日は自分を甘やかす(ディスカヴァー・トゥエンティワン)』、『口説き文句は決めている』(クラーケン)など。

ICED COFFEE BLEND

ICED COFFEE BLENDアイスコーヒー ブレンド

香り高い風味を、
アイスでも楽しめる。

アイスで飲むときに、香り高い風味が最大限引き出されるよう特別にブレンド。アフリカ産とラテンアメリカ産の豆が複雑に織りなす、さわやかなシトラス感とキャラメルやナッツの風味が特徴です。ミルクやシロップを加えてもお楽しみいただけます。よく冷えたオレンジケーキとあわせるのもおすすめです。一杯ごとに挽きたての香りと味わいが楽しめるORIGAMI®とレギュラーコーヒーの2タイプからお選びいただけます。

お近くのスーパーやコンビニエンスストアでお求めいただけます。

急冷式アイスコーヒーの
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言葉では言い尽くせない味わいを生む、熱々のコーヒーと冷たい氷のマリアージュを、5人のアーティストの方に思い思いの手法で表現していただきました。アートを鑑賞した後は、ぜひあなたも急冷式でサマー・マリアージュをお楽しみください。

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HOW TO “KYUREI” ORIGAMI急冷式アイスコーヒーいれ方 ORIGAMI編

HOW TO “KYUREI” R&G急冷式アイスコーヒーいれ方 R&G編

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